JR東、Suicaで改札フリー化へ 28年度にも実証実験開始
【東京本局 = テクノロジー】JR東日本は令和10(2028)年度をめどに、スマートフォンの位置情報を活用して改札機を通過せずに乗降できる新サービスの実証実験を始める。現在のモバイルSuicaを刷新し、利用者の移動データに基づいて乗車区間を検知、運賃を自動で精算する仕組みを導入する。あわせて約20種類に分散している会員IDを統合し、切符予約サービス「えきねっと」やJREポイントなど、グループの各サービスを一元的に利用できる環境を整備する。
まずGPS(全地球測位システム)やビーコンなどを組み合わせた位置測位の実証実験を進める。JR他社や私鉄との直通運転区間での精算方法など、具体的な計画は今後詰める。利用動向を見ながら、将来的には改札機の削減も視野に入れる。首都圏で約3500通路分を保有する改札機は1台あたり数千万円とされ、維持管理コストの削減効果も期待できる。
特に地方路線での活用を念頭に置く。自動改札機や券売機が設置されていない無人駅が多い地方路線で乗車時の手続きが大幅に簡素化されるためだ。熊本県のあるバス会社は交通系ICカード対応機器の更新費用12億円の負担に苦しみ、全国で初めてSuicaなどの利用を停止する事態が発生。代替手段としてクレジットカードのタッチ決済を導入した。クレカは交通系ICより決済手数料が安く、導入の障壁が低い。こうした背景からパートナーの離反が相次げば、Felica王国の地位が危うくなる。JR東が外部への提供を始めれば、地方の交通事業者にとって設備投資の負担軽減につながる可能性がある。
同社が目指すのは、人の移動に関する「データカンパニー」への転換だ。利用者の利便性を高めるだけでなく、沿線地域の活性化に向けたDXの基盤となることを狙う。
個人間送金サービスも令和10年度から導入する。約3147万人のモバイルSuica登録者を基盤に、QRコード決済との競争力を高める。インターネット銀行「JRE BANK」との連携も強化し、鉄道・金融サービスを一体化したエコシステムの構築を目指す。
人口減少やテレワーク定着で鉄道利用が伸び悩む中、デジタルサービスを新たな収益の柱として育成する。首都圏の定期券利用者数は新型コロナウイルス禍前の9割程度にとどまり、沿線人口の減少も課題となっている。同社は「非鉄道事業」の売上高比率を現在の約3割から将来的に5割まで引き上げる目標を掲げる。
10月には駅利用者の潜在的な購買力を算出できるサービスを開始した。Suicaの利用データと公的統計を組み合わせ、駅周辺への出店を計画する企業に市場調査の基礎データとして提供している。今後は移動データと決済情報を組み合わせることで、より精緻な消費行動の分析が可能になる。
一方で、個人情報の取り扱いには慎重な姿勢を示す。同社は平成25(2013)年に移動データの外販サービスを試みたものの、個人情報への配慮が不十分との批判を受け中止に追い込まれた経緯がある。「必要な情報以外を扱うことがないよう加工などしたうえで細心の注意を払う」(同社)としている。
決済分野では国内でのみ採用されているNFCのType-F規格の将来性も課題となる。QRコードなど他の決済手段との競争が激化する中、決済手数料や機器の更新費用の高さが指摘されている。同社は利便性の向上と手数料体系の見直しを進め、Suicaエコシステムの維持・拡大を図る考えだ。